なべさんぽ

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【序】『もののけ姫』がわからないー現実的なあなたへー

皆さま、新年明けましておめでとうございます。ここ数年は暗い話題が続き世相もよろしくありませんね。当ブログが皆さまにとって一服の清涼剤となるよう今年も精進して参りますので、お付き合いのほどよろしくお願いします。

 

 さて、新年からは何回かに渡って映画『もののけ姫』について語って参りたいと思います。

 

 『もののけ姫』というと1997年に公開されたスタジオジブリのアニメーション映画です。人気作で何度もテレビ放映がなされていますから、多くの方がご覧になっていることと思いますし、ご覧になっていない方も映画の題名くらいは聞いたことがあると存じます。そうは言ってもこの映画は25年も前の映画です。なぜそんな前の映画について語らねばならないのか、今さら語ることなどあるのか、まずはそのことについてお話しします。

  1. わからない映画
  2. オタク向けの解説はイヤ

 

1.わからない映画

 今回私が『もののけ姫』について語る1つ目の理由は、この映画が「たたり」「呪い」「神」などが出てくる「わからない」映画であり、鑑賞した多くの人が感じたわからなさを誰も言葉にしてこなかったことです。

 

 ご覧になったことがない方がいらっしゃるかもしれませんが、多くの方が『もののけ姫』を映画館で観たり、テレビで観たり、ビデオやDVDを借りて観たりしたことがあるかと存じます。『もののけ姫』を観たことがある方は、鑑賞中あるいは観賞後に、どのような感想をお持ちになったでしょうか。

「風景がとてもきれいだ」

とか

「人物が生き生きと動いている」

とか、アニメーションの技術に感嘆されたことと思います。今でこそ詳細に描き込まれた背景や人物の躍動的な動きは珍しくありませんが、それはコンピュータの発達のお陰で、まだ手描きでアニメを作っていた当時は『もののけ姫』のようなアニメは他にありませんでした。『もののけ姫』の映像は驚くべきもので感心した、この点について皆さんに異論はないことと存じます。

 

 しかし、物語における肝心要の話の筋や展開、場面場面の登場人物たちのセリフや行動などについてはいかがでしょうか。きっと

「わからないな……」

と困惑された方がほとんどだと思います。私がこのように断言する理由は、『もののけ姫』には「たたり」「呪い」「神」などの非現実的存在が現れ、物語の中心にドンと鎮座しているからです。

 

 物語の中心がわからないとその他のこともよくわからなくなります。皆さんは『もののけ姫』を観て、

「ヤツは死から逃げた」

とか

「お前にサンが救えるか!」

とかいうセリフを聞いても、全然ピンと来なかったのではないでしょうか。

「死から逃げるってどういうことだ?」

「救う?救いってなんだろう…」

などという疑問は沸いても、何をどう考えればよいかわからなかったことと思います。

他にも

「なんで蝦夷一族の村がタタリ神に襲われたんだ?」

とか

「烏帽子御前がアシタカを笑ったのはなんでだ?」

とか思っても、考えるための取っ掛かりが見つからなかったでしょう。要の「たたり」「呪い」「神」がわからないと足場が不安定で、頭が働かなくなってしまうのです。

 

 科学の発達した現代では一般的に「たたり」「呪い」「神」などは「終わってしまった物語」です。それらは宗教を信じている人には今も関係があるかもしれませんが、その他の一般市民にとってはあまり関係のないものです。だから多くの人は普段は「たたり」「呪い」「神」は「自分には関係ない」と思って生きています。もし特に宗教を信仰しているわけでもないのにそれらを信じている人がいるとしたら、他人から「変わったヤツ」だとか「おかしな人」だとか「幼稚な子」だとか思われているかもしれません。最悪の場合には「バカ」という評価を受けることもあり、それほど「たたり」「呪い」「神」は現実とは関係のないものと考えられています。そのため現代人は「たたり」「呪い」「神」を信じないだけでなく、語らず、考えることすらしないようにしています。中には反対に、信じていないことをわざわざ他人に言い立てる人もいますが、現代人の基本的な姿勢は「関係ない」です。

 

 そんな現代に「たたり」「呪い」「神」などといった昔の物語を取り上げる映画が現れ好評を博したら、現代人なら驚くでしょう。

「科学の発達した時代になぜ今さら『たたり』『呪い』『神』がもてはやされるんだ?もう俺たちには関係ないはずじゃないか?」

と。そして映画を見てみてもよくわからなかったら不安になります。

「みんなはこの映画を見て喜んでいるけれど、俺にはよくわからないよ…」

と。

 

 疑問と不安を解消しようと

「ねえ、あの映画がよくわからなかったんだけどさ、どういうことなの?」

というように他人に尋ねてみた方がいらっしゃるかもしれませんが、きっとはかばかしい回答は得られなかったことと存じます。「あの映画、よくわからなかったんだけどさ」と友人や知人や家族に聞いてみたら、

「そうだね、よくわからないね」

で終わってしまった、

「お話なんだから、そんなことを聞くのは野暮だよ」

とたしなめられた、

「暇潰しのための意味のない娯楽だよ」

と冷めたことを言われた、多分そのどれかだったのではないでしょうか。他人に尋ねなかった皆さんも、だいたい上のような展開になることを予想してあえて尋ねることもしなかったのではないかと思います。

 

 自分で考えることが難しく、他人に尋ねても分からなかったら、大抵の人は理解することを諦めます。

「考えてもわかんないや。他人に聞いても誰もまともに答えちゃくれない。映画を観て喜んでいる奴らもどうせよくわかんないで騒いでいるだけなんだろうな。ちぇっ、馬鹿馬鹿しい、やーめた」

 こうして『もののけ姫』に対する疑問と不安は皆さんの胸の内に封印されたのです。

 

 私はわからないものをそのままにしておくことが嫌です。特に他人が楽しんでいるものを自分が理解できなくて楽しめないことがイヤです。「仲間外れにしやがって、ズルい!オレも混ぜろ!」です。今回はわたしと同様に仲間外れになっている皆さんと共に『もののけ姫』に対する疑問を言葉にし、あわよくば仲間外れ状態の解消をしたいと思います。

 そのための方法として、今回もいつものような「現実の方に無理矢理引っ張る」という強引な手法を取っていきたいと思います。自分たちにはもはや関係ないはずの「たたり」「呪い」「神」を相手にしますので、強引なのは仕方ありません。納得していただきたいと存じます。また、もし納得いただけずとも、それなりに面白さを感じていただけるよう精進して参ります。

 

 

2.オタク向けの解説はイヤ

 私が『もののけ姫』について語る2つ目の理由は、オタク知識に基づいた解説ではなく、一般的な知識と経験を持った一般人がわかるような解説が欲しいと思ったことです。

 

 『もののけ姫』はスタジオジブリのアニメーション映画ですが、アニメには「オタク」がつきものです。アニメーション映画に対する解説となると、通常は「オタク向け」のものとなります。今でこそアニメーション映画はオタクだけのものでなく一般人も楽しむものとなりましたが、1990年代までアニメは子供かオタクしか見ないものとされてきました。したがって1997年公開の『もののけ姫』の解説はオタクにしか求められないと見なされていて、一般人向けの解説書など作られませんでした。一般人が映画を見て「わからない」と感じた時、オタクの知識は疑問の解消に役立ちません。一般人が映画を見る時は

「ああ、生きているとそういうことってあるよな」

という共感を求めていて、その共感が得られないと「わからない」と感じます。したがって90年代アニメーション技術の向上が云々という話や、物語の舞台は何時代のなんとかいう地域でモデルは誰某でという設定や、制作秘話や、声優がだれかなどといった細かいオタク知識はどうでもよいのです。

 

 また、アニメオタク向け解説書ではなく、学者評論家という立派な肩書きをお持ちの先生方が『もののけ姫』について書いたものもあります。社会学者の先生が

「タタラ場では女性たちが働いているが、これはフェミニズム理論的にはうんぬんかんぬん…」

とお書きになっていたり、文芸評論家の先生が

「不条理な世界で動機を失った現代青年であるアシタカはうんぬんかんぬん…」

とおっしゃっていたりします。ご高説賜って大変ありがたく恐縮至極で、先生方を敬愛してやまないこの私ですが、恐れながら先生方のお耳に入れたいことがございまして、誠に僭越ながら、大変失礼とは存じますが、申し上げさせていただきますると、

「そんな難しいことオレにわかるわけねーだろ!」

です。ナントカ理論は先生方には簡単にわかるのかもしれませんが、一般人にはサッパリわかりません。だいたい映画はナントカ理論を適用して理解するものじゃなくて、一般人が自分の感情で理解するべきものです。ナントカ理論を持ち出してしまった時点で邪道に陥っていますから、先生方の解説も一種のオタク向け解説です。

 

 それではとオタク向けではない解説を探してみますと、これがございません。あることにはあるのですが、それらは映画の紹介に毛が生えた程度のものばかりで、映画を見た人のわからなさを解きほぐして共感を呼び覚ますものにはなっていません。

 

 今回私はオタク向け解説ではなく、ナントカ理論の適用でもなく、一般人が感覚として分かる『もののけ姫』の解説を書こうと思います。「解説」というより「感想」になりそうで、ありがたみがない文章になりそうですが、わからない解説よりわかる感想の方がよほど役に立ちますので思い切って書いちゃいます。

 

 

 

 次回から何回かに分けて書いて参ります。皆さまにお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。