なべさんぽ

ちょっと横道に逸れて散歩しましょう。

【本編③】『もののけ姫』がわからないー烏帽子御前はなぜ笑ったのか?ー

 皆さんこんにちは。続き物ブログ「『もののけ姫』がわからない」の第4回目となりますが、副題は「烏帽子御前はなぜアシタカを笑ったのか?」です。

 

 『もののけ姫』にはタタラ場の人々から「エボシ様」と呼ばれる烏帽子御前(えぼしごぜん)が登場します。この烏帽子御前はアシタカを尋問している途中で急に笑い出しますが、その理由がよくわからなかった方がいらっしゃると思います。今回は烏帽子御前がアシタカを笑った理由をお話していきたいと思います。理不尽、タタリという暗い話題が続きましたので、軽い話を挟んで少し休憩しましょう。

 

  1. 問題の場面
  2. エボシのイジワル
  3. さゆみちゃんは笑われる

1.問題の場面 

 蝦夷の村を出たアシタカは西に向かって旅をする内に、戦乱や災害で世の中が大いに乱れていることを知ります。道連れとなった僧形のジコ坊からシシ神の森のことを聞き、更に西へと進むアシタカは途中で重傷の男二人を拾います。二人は牛飼いのコーロクと石火矢衆の男で、タタラ場の人々が港で鉄を売って食糧の買い出しをした帰りに山犬神ともののけ姫の襲撃を受け、手傷を負って川を流されてきたのでした。アシタカはシシ神の森を抜け二人をタタラ場に送り届けます。タタラ場でアシタカは歓待を受けますが、異形の旅人に警戒した部下の進言を受けて、烏帽子御前はアシタカを尋問するのでした。

 

 アシタカが蝦夷の村を出てからタタラ場にたどり着くまでの流れは大体以上のようなものでした。途中で山犬神・もののけ姫やシシ神との出会いもありますが、それを書くと煩雑になりますので省略しました。

 

 さて、烏帽子御前によるアシタカへの尋問は次の通りです。

 

エボシ「そなたを侍どもかモノノケの手先と疑う者がいるのだ。このタタラ場を狙う者はたくさんいてね。旅のわけを聞かせてくれぬか。」

アシタカ(腕のアザを見せ、同時に石火矢の弾丸も見せる)

「このツブテに覚えがあるはず。巨大な猪神の骨を砕き肉を腐らせてタタリ神にしたツブテです。このアザはその猪にトドメをさした時に受けたもの。死に至る呪いです。」

エボシ「そなたの国は?見慣れぬシシに乗っていたな。」

アシタカ「東と北の間より。それ以上は言えない。」

ゴンザ「きさまぁー!正直に答えぬと叩っ斬るぞ!」

エボシ「そのツブテの秘密を調べてなんとする?」

アシタカ「曇りなき眼(まなこ)で見定め、決める」

エボシ「曇りなき眼?…アッハッハッハ…わかった、私の秘密を見せよう。来なさい」

 

2.エボシのイジワル 

 初めに烏帽子御前(面倒なので以下エボシ)は「そなたを侍どもかモノノケの手先と疑う者がいるのだ。このタタラ場を狙う者はたくさんいてね。」とアシタカを尋問する理由を語ります。アシタカはコーロクと石火矢衆の男を助けた恩人です。見慣れぬ怪しいヤツだからといってその恩人をいきなり取り調べたら失礼です。そのためエボシはタタラ場が外部から狙われていること、旅人や客人などを警戒しなくてはならないこと、恩人であっても例外ではないことをまず伝えました。

 

 旅のわけを聞かれたアシタカは腕のアザと石火矢の弾丸を見せます。するとエボシは少し表情と声と話し方が険しくなります。警護のゴンザはもっと露骨で、刀を構えてエボシとアシタカの間に割って入り、アシタカを睨み付けます。アシタカが軍事機密である石火矢について尋ねたからです。

 この時点でアシタカはものすごく怪しいヤツです。旅人がタタラ場の男二人を救助して送り届けてくれたのなら、それはただの親切です。しかし、その親切な旅人が軍事機密について尋ねてきたら、これはスパイが旅人をよそおってタタラ場の内情を探りに来たとしか思えません。エボシとゴンザが警戒して厳しい態度を取るのも当然でしょう。

 

 今私は「厳しい態度を取るのも当然」とお書きしましたが、これはタタラ場側の人間にとっての「当然」です。アシタカとここまでの経緯を全て見てきた観客にとっては「当然」ではありません。アシタカと観客はこの時点で、蝦夷の村がタタリ神に襲われてアシタカが呪いを受けることになったのはエボシたちがナゴの神を追い払ったせいだということがわかっています。ですからエボシたちから謝罪があってしかるべきだし、呪いを解くことへの協力があってもいいと考えています。それなのにエボシたちは厳しい態度をとってきましたから、アシタカと観客は「てめえらのせいでこんなことになってるんだぞ!詫びぐらい入れんかあ!」と怒りたいでしょう。エボシたちの態度はアシタカと観客にしたら意地悪です。

 怒りたいところですが、アシタカの目的を考えなくてはなりません。アシタカの目的は呪いを解いて生き延びることです。その目的のためにはタタラ場の人間たちと敵対するより協力関係を結んでおいた方がよいでしょう。タタラ場の人間たちはアシタカの事情を知らないために厳しい態度を取っていますから、ここでは冷静に事情を話して信用させ、警戒を解くことが大事です。目的を見誤って感情のまま怒鳴り散らしてはいけません。怒らないアシタカは偉いです。

 

 アシタカは警戒されながらもツブテが猪神の身体に入っていたこと、その猪神を倒した時に呪いを受けたことを語ります。それに対してエボシは「そなたの国は?見慣れぬシシに乗っていたな。」と尋ねます。また意地悪です。アシタカの事情をある程度理解したエボシではありますが、警戒は解かずに身元確認をしてきました。もののけ地侍や帝としのぎを削っているエボシは簡単に人を信用しません。いずれかの勢力が若者にスパイ活動をさせているかもしれませんし、新たな勢力がタタラ場を狙い初めて偵察に来たのかもしれません。現時点ではアシタカを信用するための材料が少ないのです。

 そしてまたアシタカもエボシを信用してはいません。身元を尋ねたエボシに対して「東と北の間より。それ以上は言えない。」と答えます。蝦夷の村はタタラ場からは遠いでしょうから、村の場所を明かしても良さそうなものです。しかし、タタラ場に来たばかりのアシタカはエボシのことをよく知りませんから簡単には情報を渡せません。また蝦夷一族は大昔に朝廷と戦って敗れたという歴史を背負っています。朝廷の勢力範囲内である西国にいるアシタカもまた簡単に知らない人を信用するわけにはいかないのです。実際、エボシは朝廷とつながりがありましたしね。

 

 エボシは一見するとイジワルなヤなヤツですが、よく知らない相手を簡単には信用せずに警戒しているだけの普通の人なのでした。

 

3.さゆみちゃんは笑われる

 アシタカを尋問するエボシでしたが、双方が警戒をして話が進まないため、警護のゴンザはしびれを切らし「きさまぁー!正直に答えぬと叩っ斬るぞ!」と恫喝します。エボシも「そのツブテの秘密を調べてなんとする?」と詰問します。それに対してアシタカは「曇りなき眼(まなこ)で見定め、決める」と答えました。この答えを聞いたエボシは大笑いして、石火矢を開発している小屋へアシタカを誘うのです。ここです。今回の話題はこの話でした。エボシはなぜアシタカを笑ったのか、そしてなぜ石火矢開発の現場をアシタカに見せる気になったのか、これが不思議な点です。

 

 重要なのはアシタカのセリフ「曇りなき眼(まなこ)で見定め、決める」です。

 死に至る呪いを受けているアシタカは、残された時間を自分はどのようにして過ごすべきなのかと考えています。アシタカは呪いが解けて生き延びることができたらそれが一番よいと考えてはいますが、呪いを解くすべを知りません。ですから基本的には死を受け入れようとしています。そんなアシタカは自分に呪いをもたらした原因を探り、それに対して何らかの関わりをもつことで、自分が納得出来るような死に方をしたいと思っています。それで石火矢のことを知ろうとしています。

 ですから「曇りなき眼(まなこ)で見定め、決める」とは、自分はなぜ死にゆく運命であるのか、その理由をきちんと見極め、運命に従って生きる道を決めるということです。大変立派なことですね。

 

 立派なアシタカではありますが、このセリフはちょっとおかしいです。2つの述語「見定め、決める」の主語はアシタカで、「曇りなき眼」は誰の目かというと「アシタカの」です。つまり「私はこの私の曇りなき眼で真実を見定め、進む道を決める」と言っているのですね。どうです、ヘンでしょう?

 普通は自分の目を「曇りなき眼」なんて言いません。「曇りなき眼」とは「雑念に惑わされず真実を見極める目」を意味し、心の強い者しか持てない優れた目です。また「曇りなき」ですから、その目は澄んで輝く美しい目でしょう。自分で自分の目を「美しく優れた目だ」なんて褒める人はヘンな人です。

 

 アイドルグループ「モーニング娘。」の元メンバーで「道重さゆみ」という方がいます。この方はかつて自分のことを褒めるヘンな娘さんとして売り出していました。テレビのバラエティー番組に出演しては「私ってとってもカワイイと思いませんか?」などと言って共演者から笑われていました。実際にかわいらしい娘さんなのですが、やたらと自賛するのはおかしなことです。今のアシタカはさゆみちゃんと同じです。自分で自分の目を「美しく優れた目だ」と言っているのですからね。だからエボシは初めはアシタカの言葉が理解が出来ずに少し戸惑い、理解した後に大笑いをしたのです。

 

 さゆみちゃんになってしまったアシタカですが、アシタカは自分の目を「美しく優れた目だ」と思っていたわけではありません。アシタカは蝦夷の村でタタリ神の呪いを受けた直後、巫女のヒイ様から「曇りなき眼で見定めるなら、あるいはその呪いも解けるかもしれん」と告げられました。若いアシタカはこの時にヒイ様から言われた「曇りなき眼」が大事な言葉だということは分かりましたが、意味がよく分かってはいませんでした。だからそのままエボシに言ってしまったのです。大人から言われたことをそのまま話してしまう子供と同じです。エボシは警戒していた相手が子供だと分かって安心し、それで大笑いをしました。相手が子供だと分かればもう警戒する必要はありません。エボシは仲間を助けてくれたアシタカに借りを返すため、知りたがっている石火矢のことを教えてやろうとアシタカを小屋に案内しました。エボシがアシタカを笑い、秘密を教えてやる気になったのはこんなわけだったのですね。

 

 

 今回はここまでです。この場面がよく分からなかった方が「へー、そうだったのか」とご納得下されば幸いです。この場面をもともとよく分かっていた方にとって新たな発見はなかったかと思います。ですが、「そうそう、そうだよなー」と改めて確認していただけたのなら幸いです。当たり前のことを確認して他人と共有することは大事なことですから。

それでは。