なべさんぽ

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【本編②】『もののけ姫』がわからないータタリ神を祀るのはなぜか?ー

皆さん、こんにちは。

今回も続き物のブログ「『もののけ姫』がわからない」をお送りしたいと思います。

 前回、物語の冒頭で主人公アシタカは「理不尽」に襲われているというお話をしました。話の続きをしていきたいと存じますが、先に進む前に、物語冒頭の不思議な点をもう1つだけお話ししたいと存じます。

 

 

 それは「タタリ神を祀(まつ)るのはなぜか?」ということについてです。

  1. タタリはあるのか?
  2. 「死者の霊」は祟らない
  3. 敵を崇め祀る

 

1.タタリはあるのか?

 『もののけ姫』冒頭でアシタカがタタリ神を倒した直後の場面です。巫女のヒイ様は息を引き取らんとするタタリ神に向かって言います。

「いずこよりいまし荒ぶる神とは存ぜぬも、かしこみかしこみ申す。この地に塚を設け、あなたの御霊(みたま)をお祀りします。」

 この場面は不思議です。なぜ村を襲った化物のために塚を作ってあげないといけないのでしょうか。しかも神様として祀(まつ)るそうです。これはヘンでしょう。皆さんはどう思いましたか?「気にならなかった」という方や「別にいいんじゃないの?」という方が多いかと存じますが、「ヘンだ」と感じた方も一定数いらっしゃると思います。

 

 村を襲ったタタリ神は村人からしたら敵です。しかもひどい敵です。村人が何かをしたわけでもないのにタタリ神は一方的に襲撃してきましたし、八つ当たりでアシタカに呪いをかけられたせいで村人たちは村の将来を担う少年を追放する羽目に陥りました。村人はタタリ神を恨みこそすれ、神様として崇(あが)め祀ってやる義理などありません。それなのになぜ村人はタタリ神の塚を築いて祀らなくてはならないのでしょうか?

 

 こういうことを言うと大抵の場合は歴史学者民俗学者社会学者の先生方が

「日本には古来深い恨みを抱いて死んだ者を神として祀る風習があり、これは死者の霊を慰め、その怒りを鎮め、タタリを防ぐためのものである」

なんてことをおっしゃいます。この説明を聞いて「そうか、そうだったのか、なるほどなー」と納得されるかたは少数派かと存じます。普通は「ふーん、そうなんだ」と流すか「うーん…」と困ってしまうか「何わけわかんねえこと言ってんだよ!」と怒ってしまうかのどれかでしょう。

 

 確かに日本には深い恨みを抱いて死んだ者を神として祀る風習があります。菅原道真(すがわらのみちざね)や平将門(たいらのまさかど)、崇徳院(すとくいん)などがその例です。歴史上の人物が権力闘争に敗れて失意の内に死に、その後関係者が死んだり災害が起きたり疫病が蔓延したりすると、人々は怨霊のタタリだと恐れました。人々は怨霊を神として祀り、怒りを鎮めようとしてきました。上記の三人は「日本三大怨霊」と呼ばれているらしく、日本では怨霊のタタリが昔から恐れられてきました。

 

 しかしそれは単なる昔の記録です。科学の発達した現代では「タタリ」や「怨霊」などは「大昔の作り話」とされていて、今私たちが生きている現実とは関係ないと思われています。「タタリ」「怨霊」についての説明とは、それらが単なる大昔の作り話ではなく今私たちが生きている現実と関係があると納得できる形でなされて初めて「説明」になります。それなのに「日本は昔からこうだった」という記録だけを並べたって「説明」にはなりませんし、現代人には何も響きません。

 

「タタリが起きる仕組みってどんなものなの?」

「タタリで人が死ぬなんてことがあるかなぁ…」

「タタリで災害が起きたり疫病が蔓延したりするとは思えないんだけど…」

「タタリがあるにせよ、神として祀るとどうして怒りが鎮まるの?」

 

といった数々の疑問に対して、先生方は現代人の生きるこの現実と矛盾しない形で説明してくれたことなど1度もないのです。

 

 それもそのはずで先生方の仕事は昔の出来事をきちんと記録しておくことや残された記録を発掘・整理することなのです。歴史の記録は大事ですからいい加減な仕事は許されず、正確さが求められ、大変な手間と時間がかかります。先生方の専門は「説明」ではなく「記録の整理」でしかも忙しい、そんな先生方に本来の仕事ではない「説明」を求めるのはお門違いです。文句をいうのだったら「説明」の専門家に言うべきです。それではと専門家を探してみても、そんな人はどこにもいません。

 

 誰か説明してくれないかと私は長年待っておりましたが、いつまでたっても誰もやってくれません。鬱憤がたまって「いい加減にしろよぉ!」と怒っていたのですが、相手もなしに1人でブー垂れていても何にもなりません。ですから仕方なく私が自分で説明する羽目になりました。

 

 

2.「死者の霊」は祟らない

 さて「タタリ神を祀るのはなぜか?」について文句を言ってきましたが、整理すると問題点は2つです。1つ目はタタリが起きる仕組みがわからない点、2つ目はわざわざ敵を弔う理由がわからない点です。順を追ってお話したいと思います。

 

 

 まず「タタリが起きる仕組み」です。タタリに関しては先日「人を弔うということー蛭子能収の自嘲ー」でもお話しましたね。

 

人を弔うということー蛭子能収の自嘲ー

 

 タタリについて重要なことはタタリは「生者の不安」によって引き起こされるという点です。

 

 一般的にタタリはこの世に恨みを抱いて死んだ「死者の霊」なるものが不思議な力を使ってこの世に災厄をもたらすことだと考えられています。しかし科学の発展した現代を生きている私たちには死者の「霊」や「魂」などは理解しがたいものです。科学が扱わない「霊」や「魂」は「よくわからないもの」で、そのためにタタリは恐れられたり、反対に非科学的で馬鹿馬鹿しい「大昔の作り話」と考えられたりしてきました。子どもの頃には霊や魂やタタリについて考えて不思議に思ったり恐れたりしたけれど、大人になったら馬鹿馬鹿しいと思ったり気にならなくなったりしていった、そんな方が多くいらっしゃると思います。

 

 ところがタタリの原因を「生者の不安」と捉えると、タタリが現実味を帯びてきます。小中学校にはいつも誰かと一緒にいて1人ではお便所にも行けない女子たちがいました。彼女らは少しでも人の目がないと不安なため決して1人にはなりません。彼女らは「1人でお便所に行ったらそのまま一生1人で過ごさなければならなくなる!」と大袈裟なことを考えていて、だからお便所に1人で行くことができないのです。通常は他人はそんなことを知らないし、知ったとしても「何を馬鹿なことを言っているんだ?」と思われて放置されます。彼女らが大人になってその極端な不安が解消されていればよいのですが、解消されなかった場合は胸の内に大きな不安を抱えたまま生きていくことになります。そんな彼女らが死者が粗末に扱われている様を目撃したら「死んだらずっと1人で過ごさなければならなくなるんだ!」とパニックを起こします。そのパニックのせいで体調が悪くなったり周囲の人々に悪影響を及ぼしたりする、これがタタリなのでした。

 上の記事ではタタリについてもう少し詳しく書いておきましたので、ご参照いただきたいと存じます。

 

 人間の死者ではなくタタリ神が死んだ場合も同様です。この世に恨みを抱いて死んだタタリ神を放置した場合、それを見た連れション女子が「死んだらずっと1人で過ごさなければならなくなるんだ!」とパニックを起こします。そうすると女子の体調が悪くなったり周囲の人々に悪影響を与えたりして、病気が流行ったり死者が出たり災害が起こったりする、こういった仕組みでタタリが引き起こされるのです。

 

 「災害が起こる」は少しわかりにくいかと思いますが、正確には「気持ちが災害に負けやすくなる」です。「タタリ神の怨念」という霊的な何かが地震や火事や洪水や落雷といった物理的現象を引き起こすことはありません。これらの災害は人や神の気持ちとは関係なく起こるもので、中小規模の災害は毎年全国各地で起きていますし、大規模なものも何年かに1度は定期的に起きています。だから災害はいつも起こっていることです。人が気持ちを強く持っているときは、どこかで起きた災害を耳にして「ああ、気の毒だなあ、頑張って復興してほしいものだなあ」と罹災者に同情し、自身が災害に見舞われたら「ああ、辛いなあ、なんとか元の生活に戻りたいなあ」と思って後片付けや生活の建て直しに奔走します。反対に気持ちが弱っているときは、どこかで災害が起きたと耳にすると「ああ、最近は災害がおおいなぁ、この世の終わりが近づいているんじゃないのか?」と怯え、自身が災害に見舞われたら「もうだめだ、もう元の生活には戻れないんだ」と絶望します。気持ちが弱り、いつも起きている災害が前代未聞の大災害に思えてしまって立ち向かう気力を失う、これがタタリで「災害が起こる」と言われていることの真実です。

 

 

3.敵を崇め祀る

 タタリが起こる仕組みがわかると、「なぜわざわざ敵を祀らなくてはならないのか?」という疑問への答えも出てきます。

 

 タタリが起こる仕組みは連れション女子がパニックになって本人や周囲の人々が不調になるというものです。死者を弔ってやると連れション女子は落ち着きますので、死者が出たときには手厚く葬ってやり、タタリを予防することが必要です。

 

 『もののけ姫』冒頭ではアシタカによってタタリ神が倒されましたが、死んだタタリ神を放置しておくと村人の中にいる連れション女子がパニックになり、村全体に悪影響を及ぼす恐れがあります。だから理不尽に襲いかかってきた敵であろうとタタリを防ぐために塚を築くのです。これがわざわざ敵を祀る理由です。蝦夷の村人たちはタタリ神に利するためではなく、自分たちの村を守るためにタタリ神を祀ろうとしたのですね。

 

 

 

 今回はここまでです。タタリの起きる仕組みをご理解いただき、敵を祀る理由をご納得いただけていれば幸いです。

 

 それではまた次回お会いしましょう。