なべさんぽ

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カラオケは恥ずかしいー自分を桑田佳祐と勘違いした男の話ー

日ごとに気温が下がり、秋が近づいていることを実感するこの頃です。「芸術の秋」と言われるように、秋には文化的な活動が盛んに行われますが、私は歌が好きなので今回は歌に関するお話です。

みなさんはカラオケはお好きでしょうか?お嫌いでしょうか?


今はカラオケで歌うことが好きな私も5年前までカラオケが嫌いでした。理由は2つあります。

 
 まず歌を歌いたいとも人の歌う歌を聴きたいとも思わなかったからです。
 
 私は音楽を聴くこと自体は好きで、CDを何枚も持っていて、よく聞いていました。しかし、音楽は好きだけど歌詞がよくわからない曲が多く、その曲を歌う自分というものが想像できず、人前で歌おうという気がありません。人とカラオケに行っても、歌を歌いたいという気持ちがありませんから、歌っているときに「俺は何をやっているのだろう?」「どういった気持ちを歌にのせればよいのだろう?」と困っていました。
 人が歌っているのを聞いても、たとえ音楽はよかったとしても歌詞がよくわかりませんから、「どういうつもりで歌っているのだろう?」と、受け止め方がわからずに居心地の悪さを感じていました。

 
 二つ目は、こちらの方がより大事な理由ですが、自分は変な声だと思っていて、自分の歌声を人に聞かれたくなかったからです。
 
 私は一人でCDを聴いているときに調子がよいと歌を口ずさむことがありました。そんなときは本当によい気分で、胸がジンとするものでした。
 しかし、カラオケで歌うときは違いました。マイクを通してスピーカーから聞こえてくる自分の声というものは、自分の聞き慣れた自分の声とは違うのです。これには驚きます。なんとか普段の自分の声に戻そうとするのですがうまくいきません。「自分は変な声なんだ」とショックを受けます。そして「こんな変な声なのに人前で歌っていたんだ。ああ、恥ずかしい」と思い、人前で歌うことを避けていました。



そんな私がなぜ歌を歌うことが好きになったのかというと、上の二つの理由に対応して、やっぱり二つあります。



 1つ目は自分が気持ちをのせられる歌を歌うようになったことです。

 私は「人にうける歌を歌わなくてはいけない」と思い込んでいました。流行りの曲やかつて流行った曲を歌わないと、笑われるか、反応に困られてしまうのではないかと恐れていました。
 しかしある時私は歌手の由紀さおりさんがお姉さんの安田祥子さんと一緒に歌った唱歌のCDを手に入れました。そのCDに収められている「花」「朧月夜」「旅愁」などを聴いているうちに「この歌なら歌えるぞ」と思い、唱歌を歌うようになりました。唱歌はリズムもメロディも単純で馴染みのあるものですから「誰にでも開かれている歌」という気がして、歌いたいという気持ちがわいてきます。歌詞がわからなくても「季節はいつだろう?」「誰の気持ちを書いた歌詞なのだろう?」などと考えながら歌っていると、だんだん歌が身に染みてきて、気持ちを歌にのせられるようになります。私は由紀さおりさんと安田祥子さんをお手本にして唱歌を練習し、歌える歌を増やしていきました。
 いまでは童謡、アンパンマンジブリ昭和歌謡、演歌、Jポップと、歌える歌の種類も数もとても多くなりました。



二つ目は、自分の声は変ではなく普通だと分かったことです。これは私が唱歌を練習し始めるより前の話で、こちらの方がより大事な理由です。

 27歳の秋、私は1人でカラオケに行きました。1人でも人ともカラオケにはめったに行きませんでしたが、ちょうど塾講師の仕事を始めたときで、人前で声を出さなければならない状況に追い込まれていたため、発声練習も兼ねてカラオケで歌うことにしたのです。
 カラオケの機械に曲を入れて、音楽が流れてきて、私は歌い出しました。マイクを通してスピーカーから聞こえてくる自分の声にはやはり違和感があってとても嫌でしたが、唐突に「俺、桑田じゃない!」と思いました。

 私はサザンオールスターズ桑田佳祐が好きで、サザンオールスターズの曲と桑田佳祐名義の曲をよく聞いていましたが、CDを聴きながらいい気分になって歌を口ずさんでいるうちに、いつの間にか桑田佳祐と自分を一体化させていました。「桑田佳祐はいい声だ」と思っていた私は、「こんな風にいい声で歌いたい」と願うようになり、それが「自分は桑田佳祐と同じようにいい声で歌っているはずだ」と自分を理想化していったのです。ところが私と桑田佳祐の声は実際には違いますから、理想とは違う自分の声を変だと感じていたのです。
 その事に気づいて私はショックでした。自分の声が理想的ではないことの悲しさ、自分のことを桑田佳祐だと勘違いしていた愚かな自分に対する恥ずかしさ、自分と桑田佳祐との間には距離があることを知った寂しさ、そういった気持ちが一気に押し寄せてきて、歌っている途中で私は泣きそうになりました。
しかし、曲が流れている中、男が歌わずに一人でメソメソ泣いていたらみじめになってしまいますから、私は強がって歌い続けました。
 
 歌っているうちにだんだん落ち着いてきた私は自分の声を冷静に聞けるようになっていました。冷静になって自分の声を聞くと、なんと「普通」でした。あんなに変だと感じていた自分の声は「普通」だったのです。自分の声をきちんと聞いたのは初めてだったので新鮮ですらありました。そして「悪くない」と思えるほどでした。調子にのって「もしかしたら由紀さおりに似ているかも」と思ったりして、上機嫌です。「変な声じゃないのなら人前で歌ってもかまわないな」と思った私はそれからカラオケで歌うことが習慣となり、たびたび人をカラオケに誘って歌を披露するようになりました。あんなに嫌だったのに人前で歌うことが平気になり、むしろ好きになっていました。自分の声を恥じずに歌えることがとてもうれしかったのです。




いかがでしたか?

カラオケがキライという方、人前で歌うのは恥ずかしいという方、ぜひ選曲を考えたり、自分の声を冷静に聞いたりしてみてください。
あなたの歌は自分が思っているより悪いものではないかもしれませんよ。